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那覇地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 決定

当事者

別紙のとおり

右当事者間の所得税更正処分取消請求事件について、原告から文書提出命令の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件申立を却下する。

理由

第一本件申立及び当事者の意見

本件申立の趣旨は別紙文書提出命令申立書記載のとおりであり、これに対する当事者の意見は次のとおりである。

一  原告

被告は、別紙文書提出命令申立書の「文書の表示及び文書の趣旨」記載の文書(以下「本件文書」という。)を、昭和五八年一月二四日付準備書面で引用している。又、被告は、守秘義務を理由として文書提出義務を免れるものではない。更に本件申立は、原告が推計課税の合理性に対する反証を遂げるためにも、その必要性がある。

二  被告

民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、証拠として引用された文書に限られるし、仮にそうでないとしても、本件文書を積極的、自発的に引用したことはない。被告は、本件文書につき国家公務員法一〇〇条及び所得税法二四三条により守秘義務を負うのであるから、本件文書を提出することはできない。又本件申立は、原告の立証をするにつきその必要性がない。

第二当裁判所の判断

一  一件記録によれば、被告は、原告の昭和五二年ないし昭和五四年分の所得税について、原告が営む家庭用電気器具小売業の所得が実額で把握できないため、推計の方法によりこれを算出し、原告に対し、更正処分及び過少申告加算税賦課決定をなし、その根拠として、原告が事業所を有する那覇税務署管内の青色申告者で、原告と営業の業種、規模等が類似同業者を抽出し、右類似業者の当該年分の売買差益率及び一般経費率等を求めた結果を沖縄国税事務所長に対する報告書として作成し、右推計課税の合理性を立証するための証拠方法(乙第六号証の二、第七号証の二)として提出した上、右報告書を準備書面(昭和五八年五月一八日付)においても引用していることが認められる。

二  そこで、以下本件申立の当否について検討する。

1  民事訴訟法三一二条一号に規定する「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、同号が当事者間の公正、公平を計るため文書提出義務を認めている趣旨に鑑み、文書を証拠として引用した場合だけでなく、単にその存在を引用したにすぎない場合の当該文書をも含むと解すべきである。ところで本件文書の存在は、被告が昭和五八年一月二四日付準備書面で推計課税の合理性を主張するに際し引用している上、その記載内容中の重要部分が前記乙号証及び被告の同年五月一八日付準備書面で明らかにされているのであるから本件文書は、民事訴訟法三一二条一号にいう「引用シタル文書」に該当するというべきである。そして、本件文書を被告が所持していることは、被告もこれを争わないところであるから、同号所定の要件に欠けるところはない。

2  ところで、民事訴訟法三一二条に規定する文書提出義務は、限定的ではあるが裁判所の審理に協力すべき訴訟法上の義務であって、基本的には証人義務、証言義務と同一の性質を有するものであるから、証言拒絶に関する同法二八一条一項一号、三号、二七二条等の規定は、文書提出義務についても類推適用されるべきものと解すべきである。そして、国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条は、納税義務者(確定申告者)の秘密の保持と税務行政の円滑な運用という公益的要請から税務署長に対し守秘義務を認めているのであるから、被告は、右事情を理由として文書提出義務を免れることができると解されるところ、本件文書には、納税義務者の住所・氏名が記載されていることは明らかであり、本件文書の内容は、被告が職務上知りえた各納税義務者の個人または営業上の秘密に属する事項であるから、守秘義務の範囲に属するものということができる。また、被告が本件文書の存在をその準備書面等で引用しているからといって、納税義務者の利益に関わる守秘義務を放棄したものということはできないし、被告が推計課税処分の根拠を示すべきであるとしても、本件文書の提出まで義務付けられるのではないことは、明らかである。

更に、本来推計課税の合理性は被告において証明すべき事柄であって、あえて原告が本件文書の提出を求めるまでもない上、原告は、本件文書の提出を求めるまでもなく、自らの所得実額を明らかにすることにより、容易に推計課税の合理性を覆すことができることからしても、本件申立は、その必要性がないというべきである。

よって、本件申立は理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおりとする。

(裁判長裁判官 比嘉正幸 裁判官 山口雅高 裁判官 宮崎英一)

別紙

当事者目録

沖縄県那覇市字識名七三一番地

原告 宮城伸昌

右訴訟代理人弁護士 伊志嶺善三

同 阿波根昌秀

同 新垣勉

同 仲山忠克

同 深沢栄一郎

沖縄県那覇市旭町九番地

那覇税務署長

被告 上原一夫

右指定代理人 布村重成

同 林田慧

同 呉屋栄夫

同 町田宗伴

同 玉城清光

別紙

文書提出命令申立書

一 文書の表示及び文書の趣旨

被告第二準備書面でいう類似同業者七名全員の

(一) 昭和五二年度ないし同五四年度分の所得税の確定申告書

(二) 右各年度分の損益計算書(所得税青色申告決算書)

なお、右(二)の所得税青色決算書は、右(一)の確定申告書の添付書類たる付属文書であり、両文書は不離一体の関係にあるものである。

二 文書の所持者

被告

三 証するべき事実

被告主張の本件推計方法が不合理であること。

四 文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第一号

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